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2012年10月2日火曜日

販促会議コンペティション2012

会社の同僚と参加した、販促会議コンペティション2012で、
見事、「ゴールド」をいただくことが出来ました。

今となっては、おこがましい話ですが、目標は高く定めた方が良いと思っていたので、
当初は『グランプリ・ゴールド・シルバー、3賞総なめ』を狙っていました(苦笑)
結果としては、ゴールドのみ受賞。

それでも、箸にも棒にも・・・という状態ではなく、
きちんと評価してもらえる企画を一つでも作れたことは、少なからず自信になりました。
審査員の皆様、応援してくださった知人の皆さん、ありがとうございました。

以下がゴールドをいただいた企画書です。

「おもい割」


来年も同賞が継続しているのであればグランプリを目指してまた応募させてただこうと思っているので、
受賞するために必要がポイントを自分なりに整理しておきます。

(1)生活者が、本当に動くか自問し続ける。

・メッセージを伝えるだけではなく、行動を変えるアイデアになっているか。
・その企画には、生活者がうごく動機形成があるか。
・無理なく企画に参加できるほど、手軽でシンプルか。
・既存の習慣を壊す力があるか。

あくまでも販売促進を目的としているため、
人が動かなければ、どんなに新しく面白い仕掛けであっても意味がありません。


(2)コアアイデアを最良の形で伝える

審査員の方の講評にもありましたが、この公募が数を重ねていく毎に、
コアアイデアが被るケースが増えていくと思います。

従って、生み出したコアアイデアをどう表現するによって差がつくことが多くなります。
それは、企画書の技巧であり、メッセージの選び方でもあります。
また究極的には、生活者・審査員のインサイトへの洞察だと思います。

参考までに、下記の企画書は、一次審査すら通過出来なかった、落ちこぼれ作ですが
コアアイデアは、グランプリを取られた作品と少し似ていると思います。
ただ、グランプリを取られた「365チェキ!」の方がアイデアの活かし方も、その表現の方法もとても巧いです。

どうしたら人が動くのかを自問するだけでなく
どうしたらそのアイデアがより伝わるかも、合わせて思考することが重要だと今回学びました。
広告のフレームとしてはよくある「WHAT」と「HOW」の話なのですが、
どうしてもアイデア(=WHAT)に時間と労力をつぎ込んでしまいがちだったので自省の意味も込めて。



課題:インスタントカメラ『チェキ』の購買を喚起させる企画
●チェキブック

2012年3月14日水曜日

【広告コピー】四谷学院

電車だったか、駅だったかで見た、
四谷学院のコピーが胸に刺さったよ。

3月も中旬に差し掛かった今、てっきり受験は一段落したのかな、と思っていたけれど、
きっと来年に向けてエンジンを掛け始めた、新しい受験生に向けて、
受験への注目度が未だ高い今を狙い図って、出稿しているんだろう。



 












東大合格が証明するものは、頭の良さじゃない。努力できる才能だ。
  (四谷学院)


もちろん、東大合格が証明するものは、
頭の良さと、努力できる才能の両方ではあるんだろうけど、
今まさに努力している人たちを鼓舞し、彼らの同調を得るという意味では、
敢えて努力にフォーカスして、力強い応援メッセージに昇華した、いいコピーだと思う。

だから、予備校に通って努力しようよ(出来れば四谷学院で)
と、きちんとサービスにブリッジしているのも広告としては良く出来ている。


以下は、全くの主観だけれど、
きっと四谷学院って東大合格者をごろごろ輩出できる予備校じゃないんだと思う。

「なんで私が東大に!?」(四谷学院)

という広告コピーがまさにそれを表していて、
「東大はある程度、射程圏内です」という人よりも、
「めちゃくちゃ努力したら、もしかしたら、もしかするかも!?」
というの学力の受験生をターゲットにしている予備校なんじゃないかな。

そういう意味では、頭のよさを否定して、努力を肯定するというのは、
(言い方は適切ではないかも知れないけれど)
四谷学院がターゲットにしている層には刺さりそうなメッセージだよね。

2012年1月20日金曜日

【広告コピー】大分むぎ焼酎二階堂(ver.2)











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2006年「未知の力」編

逆らいながら
奪われて…

流されながら
見失う。

誰もがその戸惑いの中から学ぶのだ。

ああ、本当の私に
帰っていきます。

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2007年「文字のかけら」編

イエスとノー。
その二つの間には、
何もないのだろうか。

筆を走らせたのは、
宙ぶらりんの
想いでした。

想いのかけらは
朽ちることなく、
ざわざわと
心を揺らします。

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2010年「空に憧れた日々」編

今でも、
空に憧れた日々を思い出す。
教科書も
地図も
とうに失ってしまった。

僕の一日が、
僕の一生が、
からっぽでありませんように。

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引用:大分むぎ焼酎 二階堂


これらの、「二階堂」のコピーは、
ちょっと手帳の隅にでもメモしておいて
何度も味わいたくなる、深みがあるよ。

それが人生なのよ、と静かに語りかけてくるような。
薀蓄とか金言のような、かたくるしいものじゃなくて、
風のささやきや水のせせらぎのような、そんな静かな言葉だね。


もっともっと戸惑って、
そこから無理やり出した一歩を、学びに変えていこう。
戸惑いは、新しい自分に出会う直前に存在しているドア。


イエスとノーの間にある、
割り切れない感情を大切に抱えて、前にすすんでいこう。
白でも黒でもない、そんな想いの中にこそ、本当の自分が居る。


教科書も、地図もない、まっさな人生を
たくさんの、にぎやかな、経験で埋めていきこう。
誰とも違う、カラフルな人生を、1日単位で描いていくよ。

2012年1月19日木曜日

【広告コピー】大分むぎ焼酎二階堂(ver.1)

やじろべえのゆめ

両手にいつも持っているこの重しさえ
なければ「どんなに楽になれるだろうか」
「どんな自由が待っているのだろうか」
やじろべえは、そんな思いを
日に日に募らせるようになっていた。

そして、ある晴れた日に、彼は決心したのだ。
鳥のように自由に飛びまわることを夢見て
その両手に持った重しをついに放すことにした。
「うわぁ~、なんだこの軽さ」と、感激した瞬間、
彼は、バタンと倒れ込んでしまった。

どんなに頑張っても、あがいても
もう立つことはできなかった。
そのとき彼は、ふと気付いたのだ。
「あの重しがあったからこそ、地面に
きちんと脚をつけていられたんだ」と・・・・・。


背負いながら、楽しみながら、今日も一杯


引用 大分むぎ焼酎二階堂(松岡貴之/大広九州)



背負うもの、抱えるものが
ひとつ、またひとつ増えていって、地に付く脚が太くなる。

大黒柱とかって、まさにそんなイメージ。

けど別に、家族という分かり易いモチーフだけじゃなくて、
背負い込むものによって、しっかりと固まっていくものってあるよね。

ふらふらと、あっちこちらに振れつつも、
しっかりと軸足を付けて、きちんと芯に戻ってこれる強さって、
背負っているものの重さによる、ね、そんなメタファー。