日に日に深まる緑と、
ふわりと頬を撫でていく心地よい春の風に、
この季節の全てが詰まっているよな。
談笑しながら、ベビーカーを推す若い夫婦。
何かを追い掛け回す、茶色い犬。
木漏れ日の中、ビールを傾ける外国人の集団。
5つのボールを宙で操る、少年。
銀色に輝くギターを奏でる、齢を重ねた男性と、それを優しく見つめる女性。
噴水の近く、ベンチで寄りそう若いカップル。
新緑の代々木公園には、
世界に溢れる様々な幸せの形が、そこかしこにある。
その風景の中を自転車に乗って駆け抜ける。
目の前を漂っていたシャボン玉が、ぱつんと消えて、
その残像がなぜか目の裏にやきついた。
2012年6月2日土曜日
2012年5月18日金曜日
【映画】タイタニック
バルト9でタイタニック(3D)を観た。
平日深夜の新宿の劇場は、
予想以上にがらんとしており、僕を含めて5人程度の観客しか居なかった。
本作が公開された当時は、
ただの甘ったるいラブストーリーだと勘ぐっていて、
視聴機会を逸していたので、
実に、公開から14年が経って、初めて観ることになった。
描かれているのは、ケイトウィンスレット扮するローズから観た、
彼女の人生で最もドラマチックで、自身の人生の岐路となった、6日間の出来事。
人間の弱さと強さと驕りと尊厳、それら全てを乗せたタイタニック。
その巨大客船が見舞われた未曾有の事故の中で、
ジャックと出会いをきっかけにして、
自分と自分を取り巻まく環境を変え、力強く生きることを定めるローズ。
紛れも無い名作でした。
平日深夜の新宿の劇場は、
予想以上にがらんとしており、僕を含めて5人程度の観客しか居なかった。
本作が公開された当時は、
ただの甘ったるいラブストーリーだと勘ぐっていて、
視聴機会を逸していたので、
実に、公開から14年が経って、初めて観ることになった。
描かれているのは、ケイトウィンスレット扮するローズから観た、
彼女の人生で最もドラマチックで、自身の人生の岐路となった、6日間の出来事。
人間の弱さと強さと驕りと尊厳、それら全てを乗せたタイタニック。
その巨大客船が見舞われた未曾有の事故の中で、
ジャックと出会いをきっかけにして、
自分と自分を取り巻まく環境を変え、力強く生きることを定めるローズ。
紛れも無い名作でした。
2012年5月12日土曜日
決意と実行の狭間
最近よく思っていることとリンクしたので、引用しておく。
「五羽のカモメが防波堤にとまっている。そのうちの一羽が飛び立つことを決意した。「こうしたい」「こうしよう」と思うことは、誰にでも出来るのだけれど、
残っているのは何羽だい?」
「四羽です」
「そうじゃない。五羽だよ。飛び立とうと決意することと、実際に飛び立つことはまったく別物だからね」
「いいかね? 誤解されがちだが、決意そのものには何の力もないんだよ。
そのカモメは飛び立つことを決意したが、翼を広げて空を舞うまでは防波堤にとまったままだ。
残りのカモメとどこも違わない。
人間だって同じだよ。何かをしようと決意した人と、そんなことを考えてもいない人とでは何の違いもないんだ。
ところが人は、他人のことは行動で判断するのに、自分のことは決意で判断することがよくある。
しかし、行動を伴わない決意は、期待してくれている人に対する裏切りでしかない。
『希望をはこぶ人』 (アンディ・アンドルーズ 著/ダイヤモンド社) より
参照ブログ
それを実行に移すことは、わりと難しい。
ただ残念ながら、実行を伴わない意志は、願望の延長でしかなく、
それ自体が価値を生み出すことは適わない。
きっかけやタイミングを見計らうことも、時には大切だけれど
殆どの場合、意志を実行に変えるときに必要なのは、
極現実的な力強さだ。
「意志という抽象の世界」から「実行という具体の世界」へ、
その境を越えた瞬間に、はじめて「0」が「1」になる。
2012年4月15日日曜日
Best Manager賞をいただきました。
上期 Best Manager賞をいただきました。
正直、自分が選ばれるとは思ってもみなかったので、
実感値を伴わないまま壇上に上がってしまったのですが、
1日空けて、その重さが徐々に身に染みてきました。
改めて上期を振り返ってみると、
今までの営業人生の中で、最も環境が変わった時期だったと感じています。
主用顧客・主要メンバーが変わったことで、自身の役割が変わり、
うまくいかないことの連続の中で、
虚勢を自信に変えて前に進むけれど、
理想からは程遠い自分に嫌気が差すこともありました。
それでも、ただ目の前にある問題をどう解決していくかということを考えて、
小さな成果を重ねていった時期でした。
2年前にBest Player賞をいただいたときと比べ、華々しい成果は少なく、
また今のレイヤーには自分よりも優れた人が沢山います。
そんな環境の中で、自分を選んで貰ったという事実は、
自分が思っているより、ずっと多くの人に支えられて、仕事をしているという実感に変わります。
その感覚は喜びと責任を伴います。
未熟な自分が、いま目指しているのは 「灯台」のような姿。
それは、自身が輝き続けることで道を示し、それが誰かの指針となるような存在。
まだ齢28。
大手企業に勤めていたら、管理職に付いているわけもなく、
だからこそ、胡坐をかかずに、常に自分の先を目指して走り続けてきました。
どんなときも1mmだって妥協はしてきていない。
その姿勢は変えずに、
これからは、この身に余る賞の重さも背負って走っていきます。
2012年4月8日日曜日
桜の季節
春になりました。
1年間、待ち続けた桜の季節です。
それは、365日の中でぼくが一番好きな1週間。
この季節になると思い出す二つの詩があります。
年年歳歳花相似たり、
歳歳年年人同じからず
劉希夷 『白頭を悲しむ翁おきなに代わりて』
自然は悠久で、桜は毎年変わらずに美しい姿を僕らに見せてくれるけれど、
それを見るぼくらは確実に歳を重ね、どこかが変わっていく。
その変化を楽しめるように、後悔のない1日を重ねていこう。
この杯を受けてくれ
どうぞなみなみ注がしておくれ
花に嵐のたとえもあるぞ
さよならだけが人生だ
于 武陵 『勧酒』 井伏鱒二訳人と人との出会いは有限なのに、
ついそれが永遠に続いていくような心持ちで日々を過ごしてしまう。
今の出会い、時間を大切にしないと。
それにしても、
今年の桜は例年にも増して美しい。
2012年3月14日水曜日
【広告コピー】四谷学院
電車だったか、駅だったかで見た、
四谷学院のコピーが胸に刺さったよ。
3月も中旬に差し掛かった今、てっきり受験は一段落したのかな、と思っていたけれど、
きっと来年に向けてエンジンを掛け始めた、新しい受験生に向けて、
受験への注目度が未だ高い今を狙い図って、出稿しているんだろう。
東大合格が証明するものは、頭の良さじゃない。努力できる才能だ。
(四谷学院)
もちろん、東大合格が証明するものは、
頭の良さと、努力できる才能の両方ではあるんだろうけど、
今まさに努力している人たちを鼓舞し、彼らの同調を得るという意味では、
敢えて努力にフォーカスして、力強い応援メッセージに昇華した、いいコピーだと思う。
だから、予備校に通って努力しようよ(出来れば四谷学院で)
と、きちんとサービスにブリッジしているのも広告としては良く出来ている。
以下は、全くの主観だけれど、
きっと四谷学院って東大合格者をごろごろ輩出できる予備校じゃないんだと思う。
「なんで私が東大に!?」(四谷学院)
という広告コピーがまさにそれを表していて、
「東大はある程度、射程圏内です」という人よりも、
「めちゃくちゃ努力したら、もしかしたら、もしかするかも!?」
というの学力の受験生をターゲットにしている予備校なんじゃないかな。
そういう意味では、頭のよさを否定して、努力を肯定するというのは、
(言い方は適切ではないかも知れないけれど)
四谷学院がターゲットにしている層には刺さりそうなメッセージだよね。
四谷学院のコピーが胸に刺さったよ。
3月も中旬に差し掛かった今、てっきり受験は一段落したのかな、と思っていたけれど、
きっと来年に向けてエンジンを掛け始めた、新しい受験生に向けて、
受験への注目度が未だ高い今を狙い図って、出稿しているんだろう。
東大合格が証明するものは、頭の良さじゃない。努力できる才能だ。
(四谷学院)
もちろん、東大合格が証明するものは、
頭の良さと、努力できる才能の両方ではあるんだろうけど、
今まさに努力している人たちを鼓舞し、彼らの同調を得るという意味では、
敢えて努力にフォーカスして、力強い応援メッセージに昇華した、いいコピーだと思う。
だから、予備校に通って努力しようよ(出来れば四谷学院で)
と、きちんとサービスにブリッジしているのも広告としては良く出来ている。
以下は、全くの主観だけれど、
きっと四谷学院って東大合格者をごろごろ輩出できる予備校じゃないんだと思う。
「なんで私が東大に!?」(四谷学院)
という広告コピーがまさにそれを表していて、
「東大はある程度、射程圏内です」という人よりも、
「めちゃくちゃ努力したら、もしかしたら、もしかするかも!?」
というの学力の受験生をターゲットにしている予備校なんじゃないかな。
そういう意味では、頭のよさを否定して、努力を肯定するというのは、
(言い方は適切ではないかも知れないけれど)
四谷学院がターゲットにしている層には刺さりそうなメッセージだよね。
2012年3月12日月曜日
空
うまくいかなかったり、
つかれきったり、
いらついたりするときに、
決まって思い出す言葉があるよ。
とらわれない
かたよらない
こだわらない
出展は確か、仏教だったかな。
うろ覚えだけど、瑣末なことにこだわらず、広い心を持つことの重要さを
いつも思い出させてくれるよ。
心が穏やかでないきときは、
決まって、何かに期待したり、執着してる。
自分ではコントロールできないことが、多い世の中だよ。
当たり前だね、その殆どが自分以外で構成されているんだから。
心を広く、広くもっていって、
結局行きつくのは、やっぱり我だよ。
だから自分に出来ることをやる。それだけのことだよ。
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